自己確立の方法

禅の研究

1 禅の第一義

自分は、何のために生まれてきたのか?
自分とは何か?

こうした疑問は、禅の第一義です。
なので、禅とは何かと問われれば、一言でいうと「己事究明」となります。
なので、自分の事をしっかりと知ること、「己事究明」、これが禅です。

自分のことを知るということは、自分の弱いところを知るということでもあります。
むしろ、自分の弱点を知ること、その弱さを克服して、強い自分になることが、禅の「自己確立」です。

2 自己確立とは何か
自己確立するには、4つのスキルが必要です。

    ・レジリエンス力
    ・コミュニケーション力
    ・問題解決力
    ・共生力

この4つの一つでも欠けると、自己確立は難しくなります。

レジリエンスとは、反発する力です。何か嫌なことや辛いことがあっても、一旦は弱ってもその後はしっかりと跳ね除ける力です。このレジリエンス力がないと、落ち込んでずっとふさぎ込んだままになってしまいます。精神的強さともいえる力です。

コミュニケショーン力も無くてはならないな力です。人は独りで生きることはできません。必ず誰かとかかわりを持って、会話しながら生活します。なので、自分勝手な主張や他人の気持ちを傷つけるようなコミュニケーションをとっていたら、孤立してしまいます。

問題解決するスキルも必要です。大なり小なり、人は必ず問題に直面します。そのたびに、その問題を解決して、前に進んでいます。もしかすると、毎日問題ばかり起きて意識せず、しらずしらず問題を解決しているかもしれません。どちらにせよ、問題が起こった時に解決する力がなければ、前に進めず、人生は停滞してしまいます。

そして、最後は共生力です。これはコミュニケーション力にも通じますが、人は独りでは生きていけません。知人だろうが、知らない人であろうが、生きる上では必ず人と交わいながら日々過ごします。

わがまま放題で独りよがりでいると、自分が困った時は誰も助けてくれません。もし自分が助けて欲しいなら、まず他人をたすけることが大事です。持ちつ持たれつ、困った時はお互い様でいられるためには、人と共に生きるスキルが必要です。

3 自己確立の方法

自己確立するためには、心しっかりとコントロールすることが必要です。

「心」という字から連想するのは、「清楚、純粋、健全、確固たる精神状態」といったイメージです。しかし、「心」には、もう一つの側面があります。それは「マイナス思考、怠惰、虚無」といった負のエネルギーの源となります。こちらの「心」は、人を問題行動へと導きます。

「心」は感情次第で、人を憂鬱にしたり、幸せにしたりする自分勝手に振る舞う「魔物」です。

たとえば、自分と比べると、あの人はいいな」と自分自身を卑下します。
気分が落ち込んでいる時の心理状態は、自分に自信を持てないばかりではなく、自分の可能性まで過小評価してしまい、心はどんどん落ち込んでいき、益々マイナス思考になってしまいます。そういう時は、「心」が自分の主となってしまっています。しかし本来、「心」が「自分の主」ではなく、「自分」が「心の主」でなければなりません。

自分が心の主になるためには、心にも「忍耐」を覚えさせる必要があります。「自分」が「心の主」となって不安定な心をコントロールできれば、嫌なことがあっても平常心を保つことができます。例えば「不幸な出来事は、それを乗り越えられる人にしかやって来ない」「この難局を乗り越えれば、精神的に強くなれる」「この逆境を次のチャンスに活かそう」「この不幸な出来事から何か学ぼう」といったように、とにかくポジティブな心構えが大切です。

実際に起きてしまったことをどんなに悔やんでも過去には戻れません。むしろ「これからどうすればよいか」という未来にエネルギーを費やしたほうが得策です。みなさんが心惹かれる人、尊敬する人を思い浮かべてみてください。そういう人たちは共通して、心が穏やかで、明るく、前向きで、過去にこだわらない、人にやさしい、エネルギッシュな心の持ち主だと思います。

心の赴くままに感情を支配されて、感情的な態度をとることは決して得策ではありません。「心」があなたの「主」ではなく、あなたが「心の主」ですから、心を常にコントロールして冷静にそしてポジティブでいれば、きっと今まで卑屈に見ていた視野が改善され、世の中が違って見えるはずです。

4 自己確立には優しい気持ちが必要

「恕」とは、他人のことを思いやる優しい心のことです。
良好な人間関係で成り立つ社会には、「恕」の精神は必要です。

「恕」の欠如は、反省行為の欠落を意味します。「反省」は、自己中心的な考え方しか出来ない自分を客観的に見つめ直し、利己主義な自分を変えるための第一歩となります。

「反省」とは人間しかできない行為であり、ここに人間が単なる動物ではない根拠があります。ですから、毎日何の反省もせずに常に自己中心的に生きている人は、自ら人間だけに与えられた特質を放棄しているということになります。

反省行為は、「自分」という殼を破り客観的に自分を見つめることで、他人の立場や身になって考えることでもあります。これが、自他一如的な心の在り方にもつながり、「恕」の精神が芽生える契機となるのです。
人間であれば、自分が一番可愛いのは当たり前です。ですから自分を愛することは悪いことではありませんし、自分自身を大切にする上でも尊重されるべきことです。

しかし、自愛の念が強くなり過ぎると、自己中心的にしか物事を考えられなくなります。「自分さえよければそれでよい」といった考え方に陷ると、他人に対する配慮が欠けるような言動をとり、まわりの人々を不愉快にさせてしまいます。そして、自分の思い通りに物事が運ばなくなると、機嫌が悪くなり他人に八つ当たりするようにもなります。こういう時こそ、「恕」という言葉を思い出して、節度ある態度と思いやりのある行動をとりましょう。

さて、以上に紹介したような「自己確立の方法」を、レジリエンス力、コミュニケーション力、問題解決力、共生力に分けて、まとめてみました。
もしよろしければ、一読してみてください。
👇
https://note.com/enin/n/na26e68623b1c