白隠禅師の『辺鄙以知吾』

禅の研究

1 政治家の資質とは

私たちは、「昨日より今日、今日より明日」と毎日が少しずつ良くなることを願って、一生懸命に生きています。

そんな、私たちの生活を良くするために選ばれて働いているのが、政治家です。
政治家は、国民の生活をよくするために、国民の代表として私たちのQOL(生活の質)の向上を任された人たちです。

しかし、実際は、ニュースで報道されることは、政治家の良い行いよりも悪い行動・言動が目立ちます。
国民によって選ばれる政治家とは、どのような資質の持ち主であるべきでしょうか。どのような政治家が。「すばらしい政治家」なのでしょうか。

2 政治評論家としての白隠禅師

この問題をいち早く論じた人物が、江戸時代中期に活躍した白隠禅師です。
白隠禅師は約二五〇年前に『辺鄙以知吾』(へびいちご)という政治批判書を書き、そのなかで私利私欲な政治家や役人を徹底的に批判しました。
白隠は、「真の政治家とは何か」を説き、名誉や保身を最重要に考える政治家を真っ向から否定しました。

政治家はもちろんのこと、政治家を選ぶ国民一人ひとりも、『辺鄙以知吾』から学ぶことはたくさんあります。
『辺鄙以知吾』では、利権や名誉といった我欲のために行う政治に警鐘を鳴らしています。これは現代の政治家への教訓にも言えることです。
『辺鄙以知吾』は、「政治家のあるべき姿」と「本来の政治はどうあるべきか」というヒントが読み取れる良本です。

白隠は『辺鄙以知吾』を通じて、「政治とは何か」「真の政治家とは何か」と、私たちに問いかけ、リーダ不在の日本に本当に必要な政治家をしっかりと選ぶよう訴えているようにも感じます。

なお『辺鄙以知吾』の学術的専門的な読み方に興味がある方には、禅文化研究所から出版されている芳澤勝弘著『白隠禅師法語全集〈第1冊〉辺鄙以知吾・壁訴訟』をおススメします。

3 白隠禅師って誰?

江戸中期に活躍した禅僧の一人が白隠禅師(一六八五〜一七六八)です。
白隠は当時衰退していた臨済宗を立て直し、宗門では「臨済中興の祖」と呼ばれ「五百年間に一度の逸材」として尊ばれる禅僧です。

臨済宗大本山妙心寺に一度も出世せず、生涯に渡って一寺院の住職であり続けることを選んだ白隠禅師が、なぜ「五百年間出」「日本臨済中興の祖」と称されるのでしょうか。
それは、白隠が公案を「法身」「機関」「言詮」「難透」「向上」に体系化し、禅僧の教育システムを確立したからです。
白隠によって体系化された公案は、歴代の禅匠の悟境と相違のない確固不動な宗教体験を通して臨済宗の
法灯継承を可能にしてきました。

また白隠は伝統的な臨済禅の法系を途絶やすことなく、宗門の発展に全力を尽くしたことに加え、在家に対しての教化にも力を注ぎました。『辺鄙以知吾』はその一例です。

これほどの偉人にもかかわらず、一般的には白隠禅師の活躍はあまり知られていません。
それはひとえに白隠の功績が宗門内だけの評価に留まっていたからです。しかし白隠禅師は宗門内のみに留めて置くにはもったいないほどの功績を残した人物です。

4 『辺鄙以知吾』(へびいちご)ってどんな本?

そんな立派な白隠禅師が書き残した著書の一つが『辺へ鄙以知吾』(へいいちご)です。
『辺鄙以知吾』は、一七五四年に刊行された政治批判の書です。
この本では「正しい政治、真の政治家とは何か」といった一国藩主としての正しい心構えが説かれています。

①自ら養生すること
②「思いやり・慈しみ・情け」の精神で仁徳のある政治を行うこと
③不摂生な生活を改め、質素倹約に自ら勉めること
④領民から徴収した税金の無駄使いを止めること

とてもよい事がかかれているのですが、『辺鄙以知吾』は、間接的に幕府の政治を批判した内容だったため、出版後幕府によって絶版禁書とされてしまいました。
それだけ『辺鄙以知吾』には、痛烈な政治批判が込められていたのです。

本来、禅僧の第一義は「己事究明」です。
あまり社会的政治的問題には感心を示さない禅僧が多いなか、白隠は己事究明によって獲得した智慧を積極的に社会で応用すること(動禅)を重んじました。
白隠の「動中の工夫は静中に勝ること百千億倍す」という言葉は、まさに白隠が知行合一を重んじていたことがわかります。

『辺鄙以知吾』で述べられている政治批判や仁政の勧めには、白隠が実践しようとした衆生済度のための教化実践及び禅の社的実践の具体的な〈かたち〉が、庶民救済という強い意志の現れとして世俗倫理にまで落とし込まれています。

白隠禅師が書いた『辺鄙以知吾』に興味を持たれた方は、ぜひこちらを読んでみてください。
『辺鄙以知吾』の内容を、現代風な言葉にして全て訳して、その解説も付しました。
https://note.com/enin/n/ne83502576d80
目次はこんな内容です。

    はじめに
    第一章 現代政治への反省
    第二章 私訳『辺鄙以知吾』
    第三章  『 辺鄙以知吾』から読み解く現代政治
    第四章 『 辺鄙以知吾』にみる禅の社会的実践
    あとがき